「夢」いつか、小さな村を作りたい。
こんにちはー!
転職後は、多くの学生と会い、その子達の将来を一緒に考える仕事をしています。
「将来はこうなりたい!」という学生の夢を出来る限りの形でサポートをしています。
・・・
今まで自分の夢を叶えた人や、叶えようとしている人。
起業をした人。
同い年でも、発展途上国でスラムの子どもたちのために事業を起こした人。
まだ学生なのに、15億円稼いでいる人。
本当に様々な人がいますが、夢を叶えた人、自分の夢を必死に追いかけてる人達は皆、
自分の夢を周りにしっかりと発信しているなと感じます。
今日は僕の「夢」を発信してみようと思います。
「小さな村を作りたい。」
現在の夢について詳しく書く前に…少し前まで描いていた2つの夢について。
①老人に優しい社会創り
おじいちゃん、おばあちゃんが年老いていくに連れて、人生が楽しくなさそうに見えてきていました。
道を歩いていても歩くのが遅くて、邪魔者扱い。(特に東京では。)
大好きな孫や子供と会えるのは年に数回。
世話をしてくれるのは、自分が大事に育ててきた息子や孫ではなく、全く知らない介護士さん。
そんな状況に少し違和感を感じ、もっと老人に優しい社会だったらいいのになと感じて
いました。
そんな理由から「介護士」になりたいなと思う頃もありましたが、少しずれているなと感じていました。
介護士ではなく、もっと本質的に老人が楽しく、もっと生き生きとした人生を送れる、そんな世界を創り上げたいと考えていました。
②第二の学校の創設
幼い頃から通っていたテニススクールでは、「挨拶」「感謝」「礼儀」など、人として大事なことをとても厳しく指導していただきました。
ときには遅刻をして、コーチに殴られたり、仲間に暴言を吐いたせいでラケットで往復ビンタをされている子たちもいました。
その時はとても怖かったけど、今となってはそのコーチ達のお陰で一定の人間力が養われたのではないかと思います。
そしてテニスコーチとして働いてみて、挨拶、感謝、礼儀を学校だけでは身につけられていないと改めて感じました。
その時から、テニスを通して、子どもたちに人として大事なことを伝えていきたいなと感じるようになり、いつしかそんな場を作りたいと考えるようになりました。
けど、なんで人に優しくなかったり、挨拶などができないんだろう?
単純に、世の中が便利になりすぎたんだろうなと思います。
僕がまだ幼かった頃は、「地域=運命共同体」のような感覚がありました。
例えば、マンション対抗の運動会や、同じマンションの人が調味料だけを家まで借りに来たり、同じテニススクールに通う友達のお母さんにスクールまで一緒に連れて行ってもらったり。
父、母、姉だけが家族というより、地域全体が家族のように生きていたという感覚がありました。
だけど、情報社会へと変遷していく中で、今まで存在していた、物理的制約が取り壊されて「地域」というコミュニティが今までのような役割を果たせなくなった気がします。(今までは、狭く深くだったものが、広く浅くなったような感覚。)
だから子育ても家族という単位で行ない、その結果しんどくなり、我が子を虐待して殺してしまう。
レストランで食事をしても、食事を提供される人、その対価をお金として得る人の関係で終わってしまう。
知り合いなら必ず美味しかったよ!ご馳走さま!また来るね!って言えるはずなのに。
そんな世界なら全員がもっと気持ちよく日々を過ごせるはずなのに。
日本人全員の意識を変えることができたら、それは本当に素晴らしいことだと思う。
だけど、それってあんまり現実的じゃないし、頑張ろうとも思えない。
だから、せめて同じような考え方を持ってる人達だけでいいから、もっと人間味に溢
た、優しさに溢れた、そんな小さな社会を作ることができたらなって思う。
改めて、小さな村が作りたい。
人と人との距離が近くて、人間味に満ちた村が作りたい。
そこらへんを歩いていたら知り合いがいて、電車で誰かが困っていたら必ず助けてあげて、いつかは自分も助けられて。
自分が愛情を持って育てた子どもたちが愛情を持って今度は看病をしてくれて。
電車の中で席を譲る時は、「(知らない人に)よければどうぞ!」ではなく、「〇〇さんどうぞ!」「××くんはいつも親切ね、ありがとう!」と互いを知っている状態でのコミュニケーションが生まれて。
まだまだ考えが甘い部分もたくさんだし、世の中全てこんな状態だと成り立たないのはわかる。
だけれども、資本主義で成り立っている日本でだからこそ、少し競争社会から逸脱した世界観を持ったコミュニティを作り出すことができたら面白いなと感じています。
まあ、お金がないのでまずは宝くじを当てるところから始めます。
(かなり偏った考え方をしているので何か思ったことなどがあればコメントをいただけると嬉しいです。)